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なぜビジネス書は間違うのか

なぜビジネス書は間違うのかを読んだ。以前読んだビジョナリー・カンパニーやその続編ビジョナリー・カンパニー2、あとは読んだ事は無いが何度か書名を耳にしたエクセレント・カンパニーなどなどのビジネス書としてベストセラーになった経営書を「妄想」だとして徹底的に批判するという内容の本。

これを読んでいて、クルーグマンの文章を思い出した。経済学本には二種類あって、空港で売ってる読みやすい暇つぶし本と、経済学者が経済学者に向けて書いたギリシア文字だらけの念仏本の二つに分かれる、というもの。前者は頭の悪いMBAホルダーとか批判的な思考力の無いサラリーマン向けに分かりやすく書かれていて、読み物としては悪くないが経済学的にはナンセンス極まりない。後者は学問的には厳密な内容だが、それを読むのは同輩の経済学者だけで一般人は無視している。

本書はその分類で言うと、念仏本の著者が暇つぶし本の著者に喧嘩を売ってる学際領域的な本という事になるのか。

内容としては、心理学者エドワード・ソーンダイクが作った、「ハロー効果」と呼ばれる心理学用語を基軸にしてベストセラーになった経営書の似非科学の部分を指摘するというもの。

「ハロー効果」とは認知的不協和が起きたときに一貫したイメージをつくって維持しようとする傾向の事だ。具体的にはある兵士を評価する時、「優秀だ」というイメージがある兵士は全体的に高い評価を与えられるが、そうでない兵士は平均以下の評価がされる、という事だ。

これをビジネス書の内容に当てはめると、事前に良い評判のある会社は過大に評価されるし、悪い評判の会社は過小に評価されるというバイアスがそこに入り込むという事になる。人間にはこの手のバイアスが色々と備わっている事はタレブの「まぐれ」でも指摘されている。人間は自分に都合の良い情報だけを選別して認識し、都合の悪い情報には目をふさぐ。

これが有名ビジネススクールの教授や超一流コンサルタント会社社員という権威を基盤にして、ハロー効果が発生すると大々的なビジネス書詐欺が生まれるという訳だ。

言われて見れば、著者のベストセラー本への批判はかなり正しいと思う。エクセレント・カンパニーについては、「エクセレント・カンパニー」の定義そのものを選定された会社のその後の成績が裏切っている。つまり過去のデータから都合の良い部分だけを集めてきてでっち上げたのだ。著者自身がデータを捏造した事を認めているし、出版当時のアメリカではこの手の素朴なナショナリズムに訴える扇情本が上手く需要とマッチしたのだろう。ただ、日本も笑えないもので、どっかの数学者が書いた経済学の学部一年生の知識レベルでの初歩的な間違いだらけの日本の品格を!侍の魂を!という通俗本がベストセラーになっている。

少し日本史の知識があれば武士道なんてものが江戸時代に入ってどんだけ汚らしい堕落をしていったのか知ってるべきだし、その戦国時代の精華はむしろ歌舞伎者やヤクザに受け継がれているんだけどなあ…。

またビジョナリー・カンパニーの議論も、相関関係を因果関係にすり替えてしまっているし、データにもバイアス入りまくりだとの指摘も正しいと思う。良循環や悪循環のスパイラルであるもいのを、一方方向への単純な因果関係にしてしまうのは間違いだと思うし、ハリネズミ型のメタファーはどうとでも言える危険性を持っている。特に、過去のデータから成功例だけを抜き出してくれば、試行錯誤せず一つの事業領域にエネルギーを注いだ会社が多くなるのは当然だ。上手く行ってる事業にもっと経営資源を投入するのは当然だし、上手く行ってない事業ばかりなら色々試すのもまた当然だ。このへんのすり替えに気付かなかった数年前の自分は迂闊だったな、と思う。これからもこの手の話に引っ掛かる気がするけど、少しずつ免疫を付けていこう。

過去のデータを本当に調べるなら、当然、失敗したデータも比較しないとなあ。投資でも、たまたま成功したケースを持ってきて、これが必勝投資戦略とか宣伝する本が多いが、実際には失敗したケースという、多くの場合観測するのが難しく、量も多いデータも検討して、失敗データの中にその必勝投資戦略が存在しない事も示さなければ意味が無いのだし。で、それは経営手法についても当てはまる、と。

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