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御社の営業がダメな理由

藤本篤志の「御社の営業がダメな理由」を読んだ。営業のお仕事ってブラック企業の求人の代名詞なんて言われたりするし、地域のお宅へ売り込みにいく「かけこみ営業」なんかはニートが一番やりたくない仕事らしいが、そんな営業についてちょっと興味が出てきたので読んでみた。

内容を読む前に一言言い訳というか著者の擁護をすると、団塊の世代の人間やそれに近いパーソナリティの人間には本書の内容は理解できないかもしれない。

団塊の世代っていう表現は単なる比喩で、もっと比喩を重ねると、和田秀樹が言うシゾフレ人間:メランコ人間という類型でいう後者、浅田彰が言うスキゾ:パラノでいう後者、もうちょっと古典的な例を出せばユングのタイプ論における内向:外向でいう後者、そういうものに該当する人間だ。世界は確率論で動いてるという立場に立った著者の意見は、団塊の世代に代表されるようなメンタリティの「とにかく根性でやってみる」みたいな世界は因果関係で動いてるという見方の人間には理解しがたい可能性がある。第一章で劇画化されて描かれるダメ会社のイメージはまさにそんな団塊的メンタリティを揶揄してるように読める。

本書が提案している立場は、営業という会社機能を属人的な発想から解放しシステム的に発想しようというものだ。営業がダメなのは営業している人間が無能だからという属人的な発想ではなく、営業というシステムそのものがダメなのだという発想である。

社会心理学では、何か問題が起きた時、最初にその問題が起きた当事者に何かしらの欠陥があったという発想をする人間のバイアスを「基本的な帰属のエラー」と呼ぶ。馬鹿ほど典型的な行動しか取らないという言葉通り、営業が上手くいかないのは営業が無能だからというありがちな発想をする人間は、本能的な反応しか出来ていないという事になるのだろうか。

内容的には、パレートの法則をさらに分割して20:60:20という区分を利用して、60に該当する平凡な営業社員の生産性を上げるには、営業の量を増やせ、というもの。営業の成功率は確率的事象であると割り切って、試行回数を増やす事が最善の手であるという訳だ。営業の仕事は対人関係能力が大きく関与するが、これら対人能力は営業社員の個性に関わる個人的知識(ポランニー)である事が非常に多い。そのため、どれだけセミナーだの自己啓発だのを行って能力開発してもこの手の営業のセンスは客観的な知識ではないために簡単には改善しない。

実はこの試行回数を増やせ、という話を読んで俺はデイヴィッド・ハルバースタムの取材方法論を思い出した。シーケンシャル・インタビューという手法を立花隆との対談で説明していたが、これを営業に応用すると、まさに著者の方法論と同じ結論になる。いや、何故上位20%の営業社員がそんなに有能になるのかも説明可能か。

おもしろいのが、ブラック企業の代名詞になったりする離職率が高い戸別訪問営業は、確率論的にはかなり合理的な戦略らしい。著者の経験則では週休一日で毎日五十件訪問すれば、月に八件の成約を得る事が出来るらしい。約0.64%だ。これは平均的な営業社員の成績なので、あとは月に12件の成約を得られるようにするには社員に毎日訪問する件数を75件にするように指示すれば良い、と。

また、営業日報を書く時間を営業量の増加に割り当て、代わりに営業マネージャーがヒアリングせよ、という提案もおもしろい。個人的にこれは確率論の立場に立脚するなら、「抜き打ちテスト」メゾッドでもいいかなと思った。乱数を使ってランダムに当日の営業内容を報告させる、みたいな手法だ。だが、著者の提案では、進捗状況を把握して同行営業に生かすという要素もあるので営業マネージャーの負担を減らすくらいにしか役立たないのかな。このへんは組み合わせ方で上手い利用法があるかもしれない。

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